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JaSMIn通信特別記事No.11

作成日:2017.10.06

有機酸代謝異常症の診断:尿中有機酸分析について
島根大学医学部小児科・子どものこころ診療部
長谷川 有紀

 

 有機酸代謝異常症は、食物の中のたんぱく質が体内でアミノ酸に分解され、これをエネルギーに変換する(=代謝)過程の酵素の異常で起こります。酵素の異常によって体に有害な有機酸という物質が体に溜まって、嘔吐や哺乳不良、けいれん・意識障害などを生じるのです。
 2014年から全国で開始となった、「タンデムマス」を用いた新しい新生児マススクリーニングによって、7つの有機酸代謝異常(一次対象疾患)が早期に診断されるようになりました。病気の説明、食事療法や治療についてはひだまりたんぽぽ<有機酸・脂肪酸代謝上昇の患者家族会>のホームページにとてもわかりやすく書いてありますので、ぜひご覧ください。

 今回は有機酸代謝異常症の診断のために行われる尿中有機酸分析についてお話しします。
 タンデムマス(血液ろ紙)で診断できるのでは?と思われるかもしれませんが、有機酸代謝異常症では、実は尿に排泄された有機酸を測定する方法が一般的な確定診断です。有機酸は通常、弱酸性を示します。私たちの血液はもともと弱アルカリ性(pH 7.35~7.45)に保たれていますが、病気によって有機酸がたまると酸性に傾くようになります(=代謝性アシドーシス)。有機酸は一般に水に溶けやすく、体は弱アルカリ性に保とうと有機酸を尿へせっせと排泄するので分析しやすいのです。
 尿中有機酸分析はガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)という機器を使って分析しますが、これはタンデムマスよりも先に開発されました。タンデムマスでは病気を事前に想定して、例えばアシルカルニチンに絞って分析するわけですが、GC/MSでは有機酸を含め尿中にある様々な代謝産物を一斉に検出できることが大きな強みです(図1)。発達の遅れや特徴的な体臭など、いくつか似通った症状を持つ患者さんの尿をGC/MSで分析すると、共通する有機酸が検出されたのです。これによりTanaka博士が1966年に初めてイソ吉草酸血症を診断し、1970年代を中心におもな有機酸代謝異常症がどんどんと見つかっていきました。今でも有機酸代謝異常症はタンデムマスでは診断できないものも多く、また成長してから症状が明らかとなるなど、成人の領域でも見逃せない病気です。

 

 

 タンデムマスで診断できない有機酸代謝異常症があることを先に述べました。でも新生児マススクリーニングの対象疾患にも関わらず、タンデムマスで確定診断できないという理由は何でしょうか。それは①違う病気なのに同じアシルカルニチンの上昇が指標になっている、②1つのアシルカルニチンのように見えて、実は2つ以上のアシルカルニチンを指すことがある、などがあります。
 まず①ですが、例えばプロピオン酸血症とメチルマロン酸血症を考えると、どちらも同じ代謝過程の異常で、タンデムマスではプロピオニルカルニチンと呼ばれるアシルカルニチンが増加します(図2)。

 

 

 これだけでは「どちらかである」ことはわかりますが、確定は出来ません。しかし、尿中有機酸分析ではメチルマロン酸血症に特徴的なメチルマロン酸がプロピオン酸血症では認められず、2つの病気を簡単に区別できます(図3)。

 

 

 また②は、実際は異なるアシルカルニチンなのに、分子量という重さが同じであり見分けがつかないものです。例えば、イソ吉草酸血症という代謝異常ではイソバレリルカルニチンが上昇します。これはカルニチンに炭素が5つついたC5アシルカルニチンと呼ばれますが、一部の抗生剤を内服していると同じC5のアシルカルニチンのピバロイルカルニチンが増加します(図4)。

 

 

 出産のときに抗生剤を飲んでいたお母さんから生まれた赤ちゃんなどで、時々「イソ吉草酸血症の疑い」と言われて再検査や精密検査になるのは、新生児マススクリーニングではこの2つを区別できないからなのです。これも尿中有機酸分析で、すぐに病気かそうでないかを診断することができます(図5)。

 

 

 タンデムマスで再検査や精密検査になったからといって、全員が病気ではないというのはこういった紛れ込みがあるためです。
 とはいっても、元気で生まれた赤ちゃんが「病気かもしれない」といわれるご家族はとても心配です。そこで最近、福井大学の重松先生たちが最初にタンデムマスの分析をした血液ろ紙を使って、血液中の有機酸を分析する方法を開発しておられます。これから簡単に測れるようになるといいですね。

 尿中有機酸分析のメリットは、タンデムマスで区別できないものを区別することだけではありません。適切に治療が行われると有機酸の排泄量が減少したり、状態の悪い時に見られる代謝産物(乳酸やケトン体など)の上昇がみられなくなるので、お子さんの調子が良いかどうかの状態を判断することができます。このために診断時だけでなく、治療後にも分析を行うことが多いのですが、ここで注意しておくことがあります。
 有機酸代謝異常症は有機酸を作る源となるアミノ酸を減らして、十分なエネルギーを摂取する「低タンパク・高エネルギー食」が治療の基本になります。しかし、アミノ酸は体を作る重要なものでもあります。これも「ひだまりたんぽぽ」のHPにある“食事療法の考え方”にわかりやすく書いてありますが、食事のタンパク質を制限しすぎると、体を構成しているタンパクや脂肪を分解してエネルギーを作ろうとする「異化」が進み、逆に症状が悪化してしまいます。つまり食事療法では、尿に有機酸が出ない状態にすることが目的ではなく、アンモニアが上昇したりアシドーシスになったりケトン体が出ないように、特殊ミルクを使ってタンパク質の摂取量を調整したりカロリーを増やすなど、お子さんの調子を良い状態に維持できる食事を見つけることが大事なのです。尿中有機酸分析の結果は治療がうまくいっているかの一つの目安ですが、決して「有機酸がなくならないから治療がうまくいっていない」という事ではありません。お子さんの生活がより良いものとなるよう、活用してもらえたらと願っています。

島根大学医学部小児科・子どものこころ診療部 長谷川有紀

 

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JaSMIn通信特別記事No.11(長谷川先生)