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JaSMIn通信特別記事No.49

作成日:2021.01.14

ライソゾーム病と新型コロナウイルス感染症

 

東京慈恵会医科大学小児科学講座 櫻井 謙

 

1.はじめに

 今回は、ライソゾーム病と、2020年に最も世界中の人々に影響した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について海外の論文報告をレビューするとともに、最後に慈恵医大の取り組みを簡潔にご紹介したいと思います。

 

 

 世界的なCOVID-19のパンデミックは、日本では2020年1月に始まり、日常生活だけでなく、通常の病院機能を瞬く間に阻害していきました。COVID-19の感染拡大を懸念するあまり、小児科分野では、乳幼児健診や予防接種の控えといった子どもの健やかな成長発達を育む日本の小児診療体制を崩壊させ、ライソゾーム病の診療においても受診控えによる治療中断を見ることになりました。テレビやインターネットでもCOVID-19関連ニュースは連日報道され、日本以上にパンデミックの脅威にさらされた欧米諸国では、目を覆いたくなるような医療崩壊をきたす国まで出てきました。

 

2.ライソゾーム病とCOVID-19に関連した報告

 2020年12月1日現在、米国国立医学図書館(NLM:National Library Medicine)内の国立生物科学センター(NCBI: National Center for Biotechnology Information) が作成している医学分野を含む文献情報データベースのPubMedで「Lysosomal storage diseasesとCOVID-19」で検索をかけると、10件の文献がヒットしました。そのうち6件がCOVID-19下でのライソゾーム病の診療に関わることであり、1件はライソゾーム病におけるCOVID-19以外の治療中断の過去のミニレビュー、2件がニーマンピック病C型の病態とCOVID-19の関連についての報告で、残り1件はライソゾーム病とは無関係でした。ライソゾーム病関連の9つの論文は、2020年6月から11月までに発刊されていました。今回のJaSMIn通信特別記事では、これらのうち、COVID-19下でのライソゾーム病の診療についての6本の報告をまとめてご紹介したいと思います(表)。

 

表 COVID-19下でのライソゾーム病診療に関する報告

 

 最初の論文は、フランスのSole先生らからの報告で、神経筋疾患のネットワークから、診療のためのガイダンスとして報告しています1)。その中でライソゾーム病と関連のあるものとして、ポンペ病についての記載がありました。酵素補充療法(ERT)を行っている115人の成人ポンペ病患者と治験を行っている20人の患者について記載されており、入院でERTを行う人が多く、ERTを中断することもありましたが、いずれも3ヶ月未満の中断であり、重大な悪化の可能性は低いと判断されました。また、過去のスイスからの報告を引用し、「経済的な理由でERTを中断した7人のポンぺ病患者のうち、中断期間が3ヶ月と短かった1人の患者では臨床上重大な悪化を認めなかったが、9ヶ月以上の中断をした6人では運動機能と呼吸機能の悪化が確認され、治療再開後も完全な回復には至らなかった。」という論文の内容に触れていました。また、患者によっては、ACE阻害剤(アンジオテンシン変換酵素阻害剤)やARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)といった高血圧のための薬の服用について、COVID-19とACE2(アンジオテンシン変換酵素2)が関連することから、薬剤の作用機序を踏まえて、COVID-19の重症化の可能性を示唆する報告がありましたが、一方でARBがCOVID-19による肺損傷を防ぐ可能性を示す報告があることにも触れており、心疾患を有する場合はACE阻害剤やARBは継続されるべきであるとまとめています。また、ERT中断の影響を理解するためにも、呼吸機能や6分間歩行等で評価しておくことの重要性も記載されていました。

 

 次にイタリアのSechi先生らは、ライソゾーム病患者にCOVID-19がどのように影響するかについて、2020年4月6〜17日にアンケート調査を行いました2)。106人のライソゾーム病の患者の内訳は、ゴーシェ病44人(1型39人、3型5人)、ポンペ病16人、ファブリー病15人、ムコ多糖症12人、ニーマンピック病C型10人、他でした。全体の70%(71人)はERT、26%(26人)は経口薬で治療されていて、5人はERTを開始予定でしたが、延期しました。ERTも経口薬も薬剤の供給停止は認めず、経口薬では治療中断を認めませんでした。ERTを受けている患者では、77.5%が病院で治療を行っており、22.5%は在宅で治療を行っていました。在宅で治療を行っている1人のみ看護計画の間違いで1回分のERTが中断され、病院でERTをしている患者のうち49%(27人)は治療を中断していました。そのうち6人は治療を3回中断していました。ポンペ病患者2人とムコ多糖症患者1人は2ヶ月間治療を中断して倦怠感と歩行障害が増悪しました。ERTを中断した患者のうち62%がCOVID-19患者の受入病院で治療を受けていました。病院でERTを行う患者のうち47%(26人)は在宅での治療に切り替えました。在宅治療に変更した26人中7人は緊急事態宣言中のみ在宅治療を行い、残りの19人は緊急事態宣言解除後も在宅治療を継続しました。66人には精神医学的支援の提案がなされ、6人が精神科を受診しました。アンケート時点では、回答した102人全員がCOVID-19に罹患していませんでした。その理由として、患者と家族が特に注意して感染予防策をしていたこと、COVID-19の受入施設では封じ込めの厳格な管理、安全性が確認できるまでのERTの一時的中断、在宅ERTの導入などによる対策が行われていたことが考えられました。病院でERTを受ける患者のうち49%は治療中断を経験し、その主な理由は感染を恐れる感情によるものでした。最後にまとめとして、パンデミック時にはERTを継続するための最も効率の良い方法は在宅ERTであるとしています。ただし、在宅ERTであったとしても、ライソゾーム病患者をきちんとモニタリングし、個人防護具を適切に使用することが大切であると報告していました。

 

 3つめは、Mistry先生からのゴーシェ病に対する報告(提案)です3)。ゴーシェ病はマクロファージに異常を来たすことから免疫系にも影響を及ぼします。COVID-19による免疫異常が、ゴーシェ病のそれと類似の反応を起こすことも示唆されていますが、情報がまだ十分でありません。インフルエンザウイルス感染が、ゴーシェ病で重症化するという報告もありません。そこで、ゴーシェ病以外の人と同じく、軽症から重症まで様々な病態を想定しておく必要があるとしています。ERTの1, 2回の中断は大きな影響はないでしょうが、長期間の治療中断では、炎症を惹起する可能性が高くなり、その状態でCOVID-19に罹患した場合は重症化する可能性があること、そのため、COVID-19罹患時にもなるべくERTは継続した方がいいということです。一方で基質合成抑制療法(SRT)を受けているゴーシェ病患者については、COVID-19治療のための薬剤(原文より、「アジスロマイシンやヒドロキシクロロキン」)の使用は、心臓の重篤な不整脈の原因となるQT延長を引き起こすリスクが高くなるので、COVID-19の治療薬の種類によってはSRTの使用を控えるべきであるとしています。ゴーシェ病3型の合併症としての肺病変や消化器症状を伴う腸間膜リンパ節病変は、COVID-19の罹患により重症化する可能性があります。ゴーシェ病の晩期合併症としての多発性骨髄腫、血液悪性腫瘍やパーキンソン病を併発している場合のCOVID-19罹患リスクは層別化して評価することが必要だろうとしています。D409H(p.D443H)変異のゴーシェ病患者では心臓石灰化などの独特な症状を有するので、COVID-19罹患時には特別な配慮が必要になるかもしれないとも書かれています。また、COVID-19のパンデミックのレベルによっては、通常診療よりもCOVID-19対応が優先されてしまい、ゴーシェ病の診療の優先順位が下げられてしまうことが起こるかもしれず、そのような時のためにも専門家との密な連携を取るようにしておくと良いこと、薬剤の流通問題が生じた場合は、2週間ごとのERTを3週間ごと、4週間ごととしなければならなくなることを想定しておいて、変更前後でのきちんとした評価をしておくことが大切で、治験に参加している患者は、より主治医と連携を取るようにすることを推奨しています。COVID-19は希少疾患の治療と支援に関連する多くの予期せぬ課題をもたらしました。ゴーシェ病以外の先天代謝異常症でもCOVID-19により独自の注意をしなければならないものもあるでしょう。このようなパンデミック時にも対応するためには、リアルタイムな患者管理とバイオマーカーの情報収集とその伝達が大切になるでしょうとまとめています。

 

 4つめは、スペインのAndrade-Campos先生からのゴーシェ病に対する報告です4)。スペインのゴーシェ病患者の状況を把握するために2020年3月30日〜4月27日に受診したゴーシェ病患者113人について調べています。年齢の中央値は47歳で、全体の46%(51人)はERTを、45%(45人)はSRTを受けていて、無治療は9%(10人)でした。ERT治療を受けている51人のうち、48人(94%)は病院でERTをしていました。そのうち11人はERTを中断しました。一方、SRTでは治療中断はありませんでした。全体の50%(55人)はCOVID-19を心配していて、そのうち16人は抗不安薬や抗うつ薬を服用していました。6人はCOVID-19罹患者と接触し、脾臓摘出患者2人はCOVID-19に罹患していました。まとめとして、パンデミックの影響を最小限に抑えるために在宅ERTを検討する必要があるとしています。

 

 5つめは、イスラエルのZimran先生からの報告です5)。ゴーシェ病はマクロファージに異常を来すことから、サイトカインストーム(免疫反応の調整に関与するサイトカインが、制御不能となり過剰産生される状態)を起こすCOVID-19でのリスクが懸念されます。COVID-19とACE2受容体との相関なども報告されていることからも、高ACEを有するゴーシェ病ではやはり心配となります。そこで、イスラエルとオーストラリアのゴーシェ病患者550人のCOVID-19感染状況を確認しました。結果的には、感染が確認された患者は24歳の妊娠中の女性1人のみで軽症だったということでした。もちろん、COVID-19の無症候性罹患者は含みませんので、全体像はわからないとしていますが、たった一人でもCOVID-19の罹患者が重症化しなかったことは、少し安心材料だと思われます。

 

 6つめは、再びイタリアからでFiumara先生らの報告です6)。ロックダウンで病院に受診できないライソゾーム病患者を経験したことから、COVID-19がどの程度、慢性疾患患者の治療に対する行動や感情に影響しているのかインタビュー調査を行っています。対象は33人のライソゾーム病患者のうち、電話か面談でインタビューを行い評価できた15人です。患者の疾患内訳は、乳児型ポンペ病2人、遅発型ポンペ病8人、モルキオ症候群2人、ゴーシェ病2人、ファブリー病1人でした。評価項目は、性別・年齢・学年・職業・婚姻状況・発症年齢・診断時年齢、ERT開始年齢、家族構成の他、COVID-19による家族との関係の変化、家族の変化、時間の過ごし方、日常生活の変化、日常診療・治療の変化、パンデミックが教えてくれたこと、現在の感情、現状をどのように生きているか、他人に対して上手に接することができるか、ニュースを問題なく見ることができるか、感染対策について、健康や仕事の将来の見通しについてなどでした。結果は、治療について、ゴーシェ病とファブリー病の患者は在宅治療を受けていました。家族関係は54%の患者さんで前向きに感じられたそうです。その理由としては、COVID-19のパンデミックにより家にいる時間が増えたり、遠方の親戚ともビデオ通話を通して連絡を取ることで親密度が増したことを挙げていました。それらは、対照群よりも高い傾向を示しました。一方で、33%は不快感、苦痛、焦り、対面による接触困難といった否定的な感情を感じました。対照群では60%が孤立や恐怖を感じました。患者の13%は孤立などには慣れているので変化はなかったとも回答しています。患者の87%は、他人を否定的に感じる傾向が強く、対照群でも80%に認めました。患者の20%は、家族がより多くの時間を自分たちのために費やしてくれることでリラックスでき、助けられたと感じていました。対照群でも20%の人が変化を前向きに捉えていました。患者の約半数は、人間関係の本当の意味、感謝の気持ち、他者の受入や尊重、優先順位の意識、前向きになれることを学びました。一方で患者の20%は今回の経験を否定的に捉えました。患者の60%は、感染を心配して受診を控えました。病院で治療をした人は衛生手順を厳格に守りました。在宅治療を受けている人も感染の持ち込みの心配を抱えていたということでした。

 

3.東京慈恵会医科大学の状況

 最後に、私の勤務する慈恵大学の状況を簡単にお伝えします。早々に2月にCOVID-19対策チームが結成され、院内でのPCR検査体制、外来・入院の動線確認と対応をしてきました。4月に他の疾患で入院された方からのCOVID-19院内発生を経験したことから、政府の発令より前に慈恵大学としての緊急事態宣言を発出し、一時的な病院機能のロックダウン、外来でのトリアージ強化と動線変更、入院患者への事前PCR+CT検査を導入することで、COVID-19に対応しています。ライソゾーム病診療に関しては、2020年1月に新しくオープンした母子医療センター内に酵素補充療法室(ERT室)を整備していたので、会計などの動線が別々だったこともロックダウン中のライソゾーム病診療を可能にしました。外来診察室への入り方も変更を行い、ERT室での密を避けるために、通常はERTでは使用しない小児点滴室を使用したり、日曜を除く全日で午前午後外来を配備し対応してきました。患者さんからも、以前(2019年12月まで)は、全科での会計だったため混雑していたのが、母子医療センターになって、小児系と産科のみなので、待合に患者さんが少なく、会計の待ち時間も減って安心ですという声や、感染対策がなされているので安心できるという声を耳にしています。

 

4.おわりに

 COVID-19の全世界へのパンデミックは、世界中の人々に行動変容を起こしました。当初は、ウイルスの振る舞いがわからず、文字通り、皆がパニックを起こしていたと思います。ここにきて(2020年12月記載)、年末年始を前に日本でも患者数の増加傾向を示しており、コロナの分科会やら日本医師会なども医療逼迫状況を国に提言していますので心配される方もいらっしゃるかと思います。ただ、ほぼ1年が経過し、ウイルスの状況が少しずつわかってきたのも事実です。私の慈恵医大の小児科の先輩で、感染症専門のWHO勤務経験もあり、政府にもご助言をされている岡部信彦先生は、講演会で、情報に惑わされずに、「正しく恐れる」ことの重要性を話されていました。もっとも効果的なのが、三密を避けること・手指衛生・マスク着用ですから、それほど無理難題ではないと思います。ソーシャルディスタンス(社会的距離)により、人間関係が疎遠になってしまわないか心配にもなるかもしれませんが、感染対策の本来の意味としては、フィジカディスタンス(身体的距離)が重要であり、人と人の心の繋がりに距離を取る必要はありません。最後に紹介したイタリアのFiumara先生らの報告にもありますように、家族と過ごす時間が増えることで、改めて支えられていることを感じたり、パンデミックを経験していなければ感じえなかった良い人間関係に気付けることもあるようですし、他者への優しさがCOVID-19を遠ざけることになると思います。

 ライソゾーム病の場合は、ウィズコロナでも継続的な診療がとても大切になります。もし、皆さんが受診などに対して、不安やご心配がおありの時は、まずは、主治医の先生にご相談して下さい。一緒にこのパンデミックを乗り越えていきましょう。

 

 

<参考文献>

1) Sole et al. Guidance for the care of neuromuscular patients during the COVID-19 pandemic outbreak from the French Rare Health Care for Neuromuscular Diseases Network. Rev Neurol (Paris). 2020 Jun;176(6):507-5.

2) Sechi et al. Impact of COVID-19 related healthcare crisis on treatments for patients with lysosomal storage disorders, the first Italian experience. Mol Genet Metab. 2020 Jul;130(3):170-1.

3) Mistry et al. Gaucher disease and SARS-CoV-2 infection: Emerging management. Mol Genet Metab. 2020 Jul;130(3):164-169.

4) Marcio Andrade-Campos et al. Direct and indirect effects of the SARS-CoV-2 pandemic on Gaucher Disease patients in Spain: Time to reconsider home-based therapies? Blood Cells Mol Dis. 2020 Nov;85:102478.

5) Zimran et al. Impact of Gaucher disease on COVID-19. Intern Med J. 2020 Jul;50(7):894-895.

6) Fiumara et al. COVID-19 Pandemic Outbreak and its Psychological Impact on Patients with Rare Lysosomal Diseases. J Clin Med. 2020 Sep; 9(9): 2716.

 

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JaSMIn通信特別記事No.49(櫻井先生)