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JaSMIn通信特別記事No.3

作成日:2017.02.07

カーバグル®の日本における承認にさいして
帝京平成大学地域医療学部看護学科
高柳 正樹

 

はじめに

 平成28年9月28日にカーバグル®(カルグルミン酸/N-carbamoyl-L-glutamic acid)が日本で承認されました。尿素サイクル異常症や有機酸代謝異常症で高アンモニア血症の発作が生じる患者さまには大変良いニュースであったと思います。しかしながら、この薬の薬理学的意義や実際の使用法については十分に知られていないのではと思われます。そこで、一部私見を交えて情報を述べてみたいと思います。

 

薬の作用機序

 カーバグル®の適応疾患は、①N-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症 ②イソ吉草酸血症 ③メチルマロン酸血症 ④プロピオン酸血症おける高アンモニア血症であります。この薬剤の作用機序を以下に簡単に説明いたします。

 


図1.尿素サイクルの鉄道マニア風解説

 

 図1は私が尿素サイクルの説明をするときによく使用しているものです。
大宮に住んでいるアンモニアは埼京線で池袋に来ます。池袋で山の手線に乗り換え、そして上野からは常磐線で千住方向へ向かいます。アンモニアは電車の中でいろいろと着替えをして常磐線に乗るときには尿素に変身しています。尿素は水に溶けやすく尿中に出ていくことができます。すなわち、体内の余分のアンモニアは姿を変えて尿素という形で体外へ排泄されるわけです。この経路が尿素サイクルと言われているものです。

 


図2.N-アセチルグルタミン酸の尿素サイクルにおける役割

 

 図2にはカルバミルリン酸の役割を示します。大宮から池袋までの間に、アンモニアはカルバミルリン酸合成酵素Iの力を借りてカルバミルリン酸に変身します。このカルバミルリン酸合成酵素IはN-アセチルグルタミン酸が無いとうまく力を発揮できません。このN-アセチルグルタミン酸を作る酵素がN-アセチルグルタミン酸合成酵素といい、この酵素が生まれつき欠損している人が①のN-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症です。N-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症ではアンモニアがうまく尿素に変身できずにアンモニアにとどまるので高アンモニア血症となります。
 また、N-アセチルグルタミン酸合成酵素の働きは②イソ吉草酸血症 ③メチルマロン酸血症 ④プロピオン酸血症の患者さんの発作時に蓄積する異常な中間代謝産物により著しく阻害されます。その結果、患者さんのアンモニアは①のN-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症の時と同様に高値となります。
 この薬剤の有効成分であるカルグルミン酸は、N-アセチルグルタミン酸と同様にカルバミルリン酸合成酵素Iの力を発揮させることができます。これらの4つの疾患において高アンモニア血症の発症時にこの薬を服用すれば改善が期待されるわけです。なお、N-アセチルグルタミン酸は吸収が悪いことからこの薬剤はカルグルミン酸となっています。

 

薬の使用について

 ①のN-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症は非常にまれな病気です。ヨーロッパでは17年間でわずか23例が登録されただけで、米国では614人の尿素サイクル異常症患者の中で3例(すべて遅発型)のみでした。日本での症例報告はありません。②のイソ吉草酸血症、③メチルマロン酸血症、④プロピオン酸血症は、新生児マススクリーニングの検査対象疾患となっており、その発症頻度はそれぞれおおよそ50万に一人、11万人に一人、4万5千に一人とされています。したがって、日本においては②、③、④の症例に使用されることがほとんどであると思われます。
 どのような場合にこの薬剤を使用すべきであるかは、現在のところきちんと決まったものはないかと思われます。そこで私の私見を述べさせていただきたいと思います。この薬剤はアンモニアを下げるだけの薬で他の代謝的異常状態を改善させるわけではありません。高アンモニア血症の一番の問題は、最重症のときに死亡する恐れがあることと中枢神経系に非可逆的※1な重篤な後遺症を残すことであります。熊本のNakamuraらの報告1)では、血中アンモニア値が360μmol/l(650μg/dl)以上のときに痙攣や画像上の異常所見などが統計学的に有意に増多するとのことであります。もちろん、それ以下でも中枢神経障害を示す患者もおられるわけです。実際にこの薬剤を使用した際の血中アンモニア値についてはこの薬剤の添付文書に記載されています。それによると、国外の②イソ吉草酸血症③メチルマロン酸血症④プロピオン酸血症の患者57例に本薬剤投与した研究においては、3疾患すべてのなかで投与開始時の血中アンモニアの最低値は137μg/dlであり、平均値はプロピオン酸血症が最低で383μg/dlとのことであります。これらのことから、血中アンモニア値が正常値からわずかに上昇したらすぐにこの薬剤を投与しないと重大な後遺症が生じる、ということではないであろうと私は考えます。私は血中アンモニア値150μg/dlを超えて、さらにアンモニア値が上昇傾向になった時はこの薬剤を使用するのがいいのではと考えております。本当にこの考えが適切なのかは今後の日本における実際の使用経験に基づき検討されなければならないと思います。
 ヨーロッパの尿素サイクルのガイドライン2)では新生児期の原因不明の高アンモニア血症の患者にはこのカルグルミン酸の使用を考慮すべきだとの記載があります。新生児期に限らずにそれ以後の年代における診断不明の高アンモニア患者へ使用方法なども検討しなければなりません。日本において本薬剤が承認されたわけですので、今後この薬剤の正しい、有効な使用方法を十分に検討していくことは必須の要件であると考えられます。
 この薬剤の有効な使用のためには日本における尿素サイクル異常症の遺伝子診断を含めた迅速診断システムの確立が必要なのは言うまでもないかと思われます。

※1非可逆的:一度変化が起きると元には戻らないこと

 

文献

1) Kimitoshi Nakamura, Jun Kido, Shirou Matsumoto, Hiroshi Mitsubuchi and Fumio Endo. Clinical manifestations and growth of patients with urea cycle disorders in Japan. Journal of Human Genetics (2016) 61, 613–616

2) Häberle J, Boddaert N, Burlina A, Chakrapani A, Dixon M, Huemer M et al. Suggested guidelines for the diagnosis and management of urea cycle disorders. Orphanet J Rare Dis. 29;7:32, 2012

 

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201702高柳先生記事全文