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JaSMIn通信特別記事No.73

作成日:2023.04.13

ファブリー病の遺伝子治療 

 

東京慈恵会医科大学小児科学講座

村木 國夫/櫻井 謙

 

1.ファブリー病の治療の歴史

 

図1 ファブリー病とは

 

 ファブリー病はJaSMIn通信特別記事No.24で櫻井が記載しているようにヒトの細胞の中にあるライソゾーム中のα-ガラクトシダーゼA (GLA)という酵素活性の低下または欠損により生じる疾患です(図1)。グロボトリアオシルセラミド(Gb3)といった糖脂質が体内に蓄積することで細胞・臓器の障害が生じます。本稿作成時点で利用可能な治療法には酵素補充療法(アガルシダーゼα、β)と薬理学的シャペロン療法(migalastat)が存在します(表1)。酵素補充療法は本邦では2004年から、薬理学的シャペロン療法は2018年から保険収載されています。酵素補充療法は名前の通り不足している酵素を体外から投与しようというコンセプトの治療法です。薬理学的シャペロン療法はJaSMIn通信特別記事No.21No.60で詳しく説明がありますが、機能が十分でない酵素の構造を安定化させる小分子によって残存酵素活性を向上させる治療法です。酵素補充療法は点滴静注が必要であり、酵素に対する抗体産生(抗体ができることにより、治療効果が減弱する)などが問題になります。薬理学的シャペロン療法は内服薬ですが対象となる患者さんが限られています。その他、蓄積物質を作らないようにする基質合成阻害薬の治験なども行われています。

 

表1 ファブリー病の治療

 

2.遺伝子治療の進捗

 JaSMIn通信特別記事のNo.9, No.43, No.58と遺伝子治療の話題は複数回取り上げられていますが、今回はNo.24で櫻井から言及されていた遺伝子治療の続報も含めてご報告します。

 2019年末に新型コロナウイルス感染症が出現してから3年が経ちましたが、その中でmRNAの技術を用いたワクチンが出現し大きな効果をもたらしました。これも広い意味では遺伝子に係わる治療法の一つと言えると思います。狭義の遺伝子治療としては細胞内に遺伝子を導入して病気を治療するもので現在ゾルゲンスマ®、白血病に対するCAR-T療法などが保険収載されているほか、多くの遺伝子治療が開発中です1)

 mRNAはDNAを細胞内に導入する遺伝子治療と違い、本来ある遺伝子を傷つけるリスクがないことや遺伝子治療を行った造血幹細胞を移植する際に行う前処置(化学療法)が不要であることがメリットですが、1回の治療における効果の持続が限定的であることが問題点です。mRNAによるファブリー病の治療薬はModerna社とTranslate Bio社がそれぞれ開発中です2,3)

 どちらの製剤もα-ガラクトシダーゼAをコードするmRNAを微小な脂質で包んだ製剤で経静脈的に投与します。野生型マウス、ファブリー病モデルマウス、霊長類の実験動物に対して投与され、α-ガラクトシダーゼAの発現が確認され、用量依存性にGb3やLyso-Gb3といった蓄積物質の減少が見られています。さらに、従来の酵素補充療法と比較して半減期(血中濃度が半分になるまでの時間)が長いことも期待され、複数回投与しても効果は減弱しませんでした。今後の更なる開発が期待されます。

 


図2 遺伝子治療のイメージ例

 

 遺伝子治療は体の細胞へどうやって遺伝子を導入するかにより種類が異なります(図2)。現在動物実験レベルでは、アデノ随伴ウイルスベクターやレンチウイルスベクターといったウイルスを用いたり、ゲノム編集といってDNAの特有の部分を切り貼りする技術 (代表例:CRISPR-Cas9)といった技術が用いられたりしています。特にファブリー病治療の新規開発ではST-920、4D-310、FLT190といったアデノ随伴ウイルスベクターを用いた治験が進行中です。アデノ随伴ウイルスベクターは肝臓組織や筋肉組織といった特有の組織に入り込みやすい性質があり、主に肝臓を対象としたベクターを用いて肝臓の細胞においてGLA遺伝子を導入し、正常な活性を持つGLA酵素を作り、それを全身の細胞に供給することができるようになります。

 またレンチウイルスベクターを用いた遺伝子治療の途中経過が報告されています4,5)。末梢血中に誘導したCD34陽性細胞(造血幹細胞)に対してレンチウイルスベクターを感染させ、GLA遺伝子を発現するように調整したものを患者さんに戻す治療です。GLA遺伝子を導入したCD34陽性細胞を患者さんに戻す際には、前処置(化学療法を行い患者さんの免疫を担当する細胞を弱らせ、遺伝子導入した造血幹細胞が入り込む余地を作る工程です)が必要でしたが、投薬量を減らすなどの工夫を行い以前よりは安全性が向上しています。合計5名の酵素補充療法で治療中のファブリー病男性患者に対して遺伝子治療が行われ、最長3年間の経過観察が行われました。治療に関連する死亡はなく、前処置に伴う重度の副作用には、血球減少、発熱性好中球減少症や末梢静脈挿入型のカテーテル感染症などがありました。導入した遺伝子の発現量は時間経過とともに減少しましたが、白血球中のGLA酵素活性は健常人レベルに近く、5人中3人の患者さんが酵素補充療法から離脱しており、どの患者さんも治療前と比較してGb3やLyso-Gb3といった蓄積物質も酵素補充療法を行っている時と同等の低下を見せました。遺伝子治療でウイルスにより遺伝子を導入した際に懸念されるのが白血病の発生ですが、がん化を促進させる部位に影響を与える可能性は少ないとされています。ですが残念なことにPhaseIIの試験はCD34陽性細胞の生着率の問題で中止となってしまいました6)

 ファブリー病の新規治療には半減期を延長させた酵素製剤、基質合成阻害薬の開発も進んでいます。また遺伝子治療関連ではレンチウイルスベクター以外にもmRNA、アデノ随伴ウイルスベクターを用いた治療法の開発が進んでいます。特にアデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療はヒトを対象とした臨床試験が開始されつつありますし、今後の更なる報告に期待したいところです。

 

参考文献

1) https://www.nihs.go.jp/mtgt/pdf/section1-1.pdf  国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部

2) Zhu X, Yin L, Theisen M, Zhuo J, Siddiqui S, Levy B, Presnyak V, Frassetto A, Milton J, Salerno T, Benenato KE, Milano J, Lynn A, Sabnis S, Burke K, Besin G, Lukacs CM, Guey LT, Finn PF, Martini PGV. Systemic mRNA Therapy for the Treatment of Fabry Disease: Preclinical Studies in Wild-Type Mice, Fabry Mouse Model, and Wild-Type Non-human Primates. Am J Hum Genet. 2019 Apr 4;104(4):625-637. doi: 10.1016/j.ajhg.2019.02.003. Epub 2019 Mar 14. PMID: 30879639; PMCID: PMC6451694.

3) DeRosa F, Smith L, Shen Y, Huang Y, Pan J, Xie H, Yahalom B, Heartlein MW. Improved Efficacy in a Fabry Disease Model Using a Systemic mRNA Liver Depot System as Compared to Enzyme Replacement Therapy. Mol Ther. 2019 Apr 10;27(4):878-889. doi: 10.1016/j.ymthe.2019.03.001. Epub 2019 Mar 6. PMID: 30879951; PMCID: PMC6453518.

4) Khan A, Barber DL, Huang J, Rupar CA, Rip JW, Auray-Blais C, Boutin M, O’Hoski P, Gargulak K, McKillop WM, Fraser G, Wasim S, LeMoine K, Jelinski S, Chaudhry A, Prokopishyn N, Morel CF, Couban S, Duggan PR, Fowler DH, Keating A, West ML, Foley R, Medin JA. Lentivirus-mediated gene therapy for Fabry disease. Nat Commun. 2021 Feb 25;12(1):1178. doi: 10.1038/s41467-021-21371-5. PMID: 33633114; PMCID: PMC7907075.

5) Saleh AH, Rothe M, Barber DL, McKillop WM, Fraser G, Morel CF, Schambach A, Auray-Blais C, West ML, Khan A, Fowler DH, Rupar CA, Foley R, Medin JA, Keating A. Persistent hematopoietic polyclonality after lentivirus-mediated gene therapy for Fabry disease. Mol Ther Methods Clin Dev. 2023 Jan 18;28:262-271. doi: 10.1016/j.omtm.2023.01.003. PMID: 36816757; PMCID: PMC9932294.

6) https://www.avrobio.com/patients-families/statement-on-fabry-disease-program/

 

全文PDFは以下よりダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.73(村木先生)