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JaSMIn通信特別記事No.39

作成日:2020.03.05

ウイルソン病の治療薬について

 

東邦大学医学部小児科学講座(大橋) 清水 教一

 

1. はじめに

 ウイルソン病は、肝臓や脳など体内のいくつかの臓器に銅が過剰に蓄積して発症する先天性銅代謝異常症です。この病気は生まれつきの病気であり、遺伝病です。先天代謝異常症や遺伝病の中には、治療法がない病気も未だ数多くありますが、ウイルソン病は内服薬で治療が可能な病気です。今、このJaSMIn通信の特別記事を読んでおられるウイルソン病の方も、1種類あるいは2種類の「ウイルソン病治療薬」を毎日服用していることと思います。

 本稿では、皆さんが飲んでいる薬に対する理解をさらに深めていただき、正しく服用していただくことを目的として、それぞれの治療薬についての解説を行います。

 

 

2. ウイルソン病治療の基本方針

 ウイルソン病に対する内科的治療は、体内に蓄積した銅を排泄させる「除銅治療」です。また、急性あるいは慢性に肝不全に陥った患者さんに対しては肝移植が行われる事もあります。

 除銅治療の方法としては、大きく2種類があります。銅キレート薬という血液中で銅と結合し尿中へ銅を排泄させる薬を用いて銅の排泄を促進する方法と、腸管からの銅の吸収を阻害する薬を用いて銅の体内への取り込みを少なくする方法です。いずれも生体における銅の、いわゆる「出納バランス」を「負」のバランスにして体内に蓄積した銅を取り除いていくという方法です。

 

3. ウイルソン病治療の歴史

 ここでウイルソン病の治療の歴史、変遷について少し解説します(表1)。1951年に重金属中毒の解毒薬(キレート薬)であるジメルカプロール(BAL)がウイルソン病患者さんに使用されるようになりました。ただ、この薬剤は注射薬(筋肉内注射)であり内服薬ではありません。そして、1956年に英国人であるDr. Walsheが銅キレート薬であるD-ペニシラミンをウイルソン病治療薬として導入しました。これにより、今までほぼ不治の病であったウイルソン病の予後が大幅に改善されました。ただ、この薬剤が副作用で服用できない患者さんがいることがわかりました。そのため、1972年にやはりDr. Walsheがもう一つの銅キレート薬である塩酸トリエンチンを開発しました。さらにそこから10年ほどたった1983~1984年に米国のDr. BrewerとオランダのDr. Hoogenraadらが亜鉛薬をウイルソン病の治療に導入しました。もともとは血液内科の医師であったDr. Brewerは、血液疾患の患者に亜鉛薬を投与した際「銅欠乏」という副作用が出たことから、この薬が銅蓄積疾患であるウイルソン病の治療に使えないか考えたとのことでした。さらにDr. Brewerは、1991年に第3の銅キレート薬であるテトラチオモリブデン (TTM) を開発しました。ただ、残念ながらこのTTMは認可・販売されるまでには至りませんでした。

 

 

表1. ウイルソン病治療の歴史

 

4. ウイルソン病治療薬

 ウイルソン病治療薬は、現在3種類が認可・販売されています(表2)。2種類の銅キレート薬と1種類の亜鉛薬です。それぞれの薬について、その薬理作用や特徴、そして服薬する上での注意事項について解説します。

 

表2. ウイルソン病の治療薬

 

(1) 銅キレート薬

 銅キレート薬には前述のごとく、D-ペニシラミンと塩酸トリエンチンがあります。

① D-ペニシラミン(メタルカプターゼ

  最も歴史のあるウイルソン病治療薬であり、わが国では本疾患に対する第一次選択薬という位置づけです。銅キレート効果に優れており、血液中の銅と結合し尿中に排泄させます。その結果、すぐれた除銅効果を示します。服薬方法は、食間空腹時に分2~3で内服します。1日2回と3回ではその効果にほとんど差がないと考えられています。ただし、服薬時間は極めて重要です。必ず「食間空腹時」(食前1時間もしくは食後2時間以上あけて)に服薬することです。その理由は、食事の直前や直後に服薬してしまうと、食事中の金属と結合してしまい、血液中に吸収されないため、期待した治療効果が得られなくなってしまうからです。これは極めて重要なポイントです。ウイルソン病の患者さんの中には、せっかく早期に発見・診断されて治療が開始されたにも関わらず、D-ペニシラミンを食後に服用し続けていたため、神経症状や肝障害がどんどん進行していった患者さんが実際にいらっしゃいます。D-ペニシラミンの弱点・問題点は、副作用の出現頻度が20~25%と高いことと、神経症状がある患者さんに対しては服薬を始めた時に、一過性に神経症状を増悪させる可能性が高いことです。

 

② 塩酸トリエンチン(メタライト250

 前述のごとく、当初はD-ペニシラミンが副作用により使用できない患者さんのために開発された薬です。薬理作用はD-ペニシラミンと同様で、血液中で銅と結合して尿中に排泄させます。我が国ではウイルソン病に対する「第二次選択薬」という位置づけです。D-ペニシラミンが副作用により使用できない患者さんや効果がない患者さんに主に使うことになっています。しかし、神経症状に対する治療効果が高いとの報告があり、神経型あるいは肝神経型の患者さんの中には、最初から塩酸トリエンチンを服用している方も少なからずおられると思います。この薬の長所は副作用が極めて少ないことです。短所は、銅に対するキレート効果がD-ペニシラミンより弱いことです。そのため、投与量をD-ペニシラミンの2倍程度に設定しています。それにより生物学的治療効果はほとんど変わらないと考えられています。ただ、服薬するカプセルの量は多くなりがちです。服薬する時の注意点は、D-ペニシラミンと同様で食間空腹時に内服することです。

 

(2) 亜鉛薬

① 酢酸亜鉛

 酢酸亜鉛は銅の吸収阻害薬です。本薬剤は発症前の患者さんならびに治療維持期の患者さんに単剤での適応があります。亜鉛は、腸管上皮粘膜細胞でメタロチオネインという銅と非常に親和性の高い蛋白の産生を誘導させます。そうすると、食事中の銅は腸管内でこの蛋白と結合してしまい、腸管内に留まってしまいます。腸管上皮粘膜は約7日間で剥がれ落ちて新しい粘膜細胞に置き換わります。これを続けることによって腸管からの銅吸収を阻害すると考えられています。服薬方法は、食前1時間もしくは食後2時間に、6歳未満の小児では分2で、6歳以上では成人も含めて分3で内服します。酢酸亜鉛はできれば分3で内服するのが望ましい薬剤です。また「食前1時間もしくは食後2時間に内服」の意味合いは、銅キレート薬と理由が異なります。亜鉛は、繊維質や乳製品などと結合する性質を持っているため、それらを含む食事や飲み物と一緒に内服すると亜鉛の吸収が阻害されてしまいます。そのため食事から一定の時間を空けることが望ましいとされています。本薬剤は、重篤な副作用はほとんど見られません。ただ、服用後の消化管症状(腹痛や悪心など)は比較的高い頻度で発生しています。その場合は、亜鉛の吸収を妨げない食物や胃薬などと一緒に服用すると、その副作用を抑えられることがあります。その場合、乳製品以外の蛋白質が良く、米国などでは「ビーフジャーキー」などが良く使えわれているようです。なお、食直後に内服した場合は、亜鉛の吸収率が約7割になるとされています。また本薬剤は銅キレート薬との併用も可能です。その場合は発症後の患者さんでも初期治療から使用が可能です。なお、銅キレート薬と亜鉛薬を併用する場合は、銅キレート薬と亜鉛が消化管内で結合してしまうのを防ぐため、服薬時間を最低でも1時間以上ずらす必要があります。

 

5. おわりに

 現在使用されているウイルソン病の治療薬3剤について解説を行いました。いずれの薬剤でも服用方法、特に銅キレート薬の「食間空腹時内服」をきちんと守ることが重要です。そしてもうひとつ、ウイルソン病に対する内科的治療は、あくまで薬により銅代謝の状態を良好に保持するものであり、決して治癒させるものではありません。そのため治療は生涯に渡って継続する必要があります。このことは、あらためて強調したいと思います。

 最後に、Dr. Brewerが導入しようとしたTTMが結局認可されなかったことは前述しました。しかし、その化学構造を若干変化させた新しいTTMが開発されつつあります。現在国際共同治験が行われています。「第3の銅キレート薬」が使えるようになる日も、それほど遠くないかも知れません。

 

全文PDFは以下からダウンロードできます。

JaSMIn通信特別記事No.39(清水先生)