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JaSMIn通信特別記事No.27

作成日:2019.01.16

先天代謝異常症の病態のより良い理解にむけて

 

川崎医科大学 病態代謝学
大友 孝信

 

1.はじめに

 私は小児科医として診療に携わってまいりましたが、中でも先天代謝異常症のライソゾーム病に興味を持ち現在研究を行っています。ライソゾーム病の治療法としては、ライソゾーム酵素を点滴で補充する「酵素補充療法」、蓄積する物質の上流を止めて蓄積物質をたまりにくくする「基質合成抑制療法」、異常のあるライソゾーム酵素の構造を安定化させる「シャペロン療法」などがあります。これらの治療法はもちろん効果があるのですが、特別な臓器や症状に対しては効果が十分では無いことも指摘されています。病気をもっと理解することで、何か新しい治療法につながることを期待しています。

 

2.MPSPSとの出会い

 私は一般小児科の研修を終えた後、大阪大学の代謝グループでしばらくムコリピドーシス(アイセル病)の研究をしておりました。その後、ドイツに留学してライソゾーム酵素の細胞内輸送の研究をしていた頃、ちょうどロシア連邦ヤクーツクの医者からメールが来ました。現地ではムコ多糖症のような病気が多く発生しているのだけれども診断がつかない。ひょっとしたらムコリピドーシスかもしれないので調べてもらえませんか?という内容でした。早速、大阪大学と連絡をとり、今まで分かっているムコ多糖症やムコリピドーシスの検査を行いましたが、どれにも当てはまりません。これは全く新しい病気だということで、患者さんの家系で全遺伝子のエクソン解析を行い、「ある遺伝子」にたどり着きました。「ある遺伝子」にたどり着いた頃、私は留学を終え大阪大学のオートファジーの教室で研究を続けていました。オートファジーの分野は2016年のノーベル賞で脚光を浴びましたが、細胞質の物質を隔離膜で取り囲み、ライソゾームまで運んで分解するシステムです。一方で、ライソゾームは細胞の外からエンドサイトーシスで取り込んだ物質の分解にも関与しています。様々な物質がライソゾームで分解されるためには、ライソゾームまで輸送されないといけませんが、偶然にも「ある遺伝子」はオートファジーやエンドサイトーシスで取り込んだ物質をライソゾームに輸送するために必要なVPS33Aという遺伝子でした(Kondo H, et al. Hum Mol Genet. 2017)。そして、この新しい疾患はMucopolysaccharidosis Plus Syndrome (MPSPS, OMIM#617303)と名付けられました。

 

3.研究の展開

 ライソゾーム病の多くはライソゾーム酵素の遺伝子異常で引き起こされます(分解機能が低下している)。ムコリピドーシスはライソゾーム酵素のマンノース6リン酸化が出来ないため、ライソゾーム酵素がライソゾームにきちんと運ばれないことが原因です。MPSPSは分解される側の物質がライソゾームへ運ばれないことで発症すると考えられます。そして興味深いことに、ライソゾーム酵素欠損のムコ多糖症、ライソゾーム酵素輸送異常のムコリピドーシス、基質のライソゾームへの輸送異常が原因と推測されるMPSPSは、どれもムコ多糖症に似た症状を呈しているのです。ここで私は、ライソゾーム機能の異常で引き起こされる色々なライソゾーム病や、オートファジー、エンドサイトーシスなどの細胞内輸送の異常ではどういうことが細胞内で起こっているのか、共通点は何なのか?を知りたくなりました。

 

 

 

4.現在取り組んでいること

 ライソゾーム病の研究は、患者さんの細胞やモデルマウスを用いて行われています。しかし、ひとつひとつの病気が非常に希であるため、色々なライソゾーム病の患者さんの細胞を取り揃えて研究を行なっている研究者はいませんし、何十種類もある色々なライソゾーム病のモデルマウスを維持することも困難です。また、患者さんの細胞といっても、そもそも色々な人種の背景を持っている細胞同士を比較することが難しいこともあります。そこで、私は実験でよく使われているセルラインを用いて人工的にライソゾーム病の細胞を作ってしまおうと考えました。セルラインは取り扱いが簡単ですし、同じセルライン上で遺伝子を壊せば(ノックアウトする)、破壊した遺伝子の機能を同じ条件で比べることが可能になります。近年ゲノム編集技術の普及で、遺伝子を壊すこと(もちろん直すことも)が簡単に行えるようになって来ました。また、ライソゾーム病の原因遺伝子として既に分かっている遺伝子だけでなく、ヒトでの病気が報告されていない他のライソゾームやオートファジー関連の遺伝子をノックアウトした細胞も作ることで比較検討を行っています。MPSPSに関しては私の元にヤクーツクの研究者が留学してくれています(写真)。ムコ多糖症よりはるかに多く蓄積しているムコ多糖、MPSPSに特徴的で重症化の原因となっている造血障害、腎不全、心不全など、まだ謎は多いです。これらの原因を解き明かし、治療法に結びつけてもらえばと期待しています。

(写真)左から順番に、私、日本学術振興会外国人特別研究員として現在川崎医科大学に留学されているDr. Filipp Vasilev、実験補助員の川上さん

 

5.成果の一部

 現在解析は始まったばかりですが、いくつか面白いことが分かってきています。今回、第60回日本先天代謝異常学会にて成果の一部を発表させていただきました。すでに50種類以上のライソゾーム関連遺伝子をノックアウトした細胞を作っているのですが、その中でライソゾーム病として存在している種類の遺伝子ノックアウト細胞でオートファジーの機能を観察してみたところ、特にコレステロールの代謝に異常がある細胞においてオートファジーの機能が落ちていることが分かりました。また、ある特殊なノックアウト細胞(つまりある特定の病気)においてはオートファジーの機能が落ちる仕組みが他と異なっていることを発見しました(図1)。これらの証拠を集め、メカニズムを解明していこうと思っています。

図1.ノックアウト細胞を用いて細胞の様々な機能を横並びで比較する

 

6.これからのこと

 ライソゾーム病は、酵素欠損、原因遺伝子、蓄積物質、主な病態など大体のことは理解されています。その一方でライソゾーム病同士の細かい違いや共通点に関してはまだまだ分からないことがたくさんあります。これらの病気の細胞内では何が起こっていて何が一番悪いのか?共通に起こっていることが分かれば共通の治療法が見つかるかもしれません。遺伝子の病気ならば、遺伝子治療をすれば良いという単純な話ではないと思います。なぜなら身体の40兆個とも60兆個ともいわれるすべての細胞の遺伝子を治すことは不可能だからです。現在取り組んでいる研究で、もっとライソゾーム病やオートファジー病の病態が明らかになり、新しいバイオマーカーや病態を治すような治療法が見つかることを期待しています。様々な先生方のご協力を得て、頑張っていきたいと思います。

 

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JaSMIn通信特別記事No.27(大友先生)